西武ライオンズのこと

当時、埼玉県に住む小学生男子で西武ライオンズを嫌いな子はいなかったんじゃないかな。それぐらい強かった。何よりかっこよかった。主砲がいて脇をかためるいぶし銀の選手がいていろんなタイプの投手がいた。
日本シリーズは、めったに開かない教室のテレビ台の扉が開いた。給食の時間にクラスメートみんなで見た。今考えると先生が見たかっただけのような気もするが、そういう特別な日だった。
1987年の日本シリーズ。あとアウト一つで試合終了というときに清原は一塁で泣いていた。駆け寄って励ます先輩、それを見てた先輩は、なにしてんだと笑っている。何か仲間ってチームってイイな。
なんか小学生のことを思い出した日だった。

プロレスのこと

 小学生のころからプロレスを見ている。友達の家へ遊びに行った土曜日の夕方にワールドプロレスリングを見て一気に心を掴まれた。確かビッグバン・ベイダーやバッドニュース・アレンが試合をしていて天山、小島が、まだヤングライオンで放送終了残り5分みたいなところで試合のダイジェストが放送されてたころ。全部が終わる17時までみていたいのに当時弟のスイミングの迎えを母親に頼まれたりして残り少しが見れなくてムカついてた。で、そのイライラを弟に当たったりした。スイミング疲れていてその上兄から理不尽な怒りをぶつけられてはた迷惑だったろうな…ゴメン。

 中学生のころ、下校途中に『小橋のムーンサルトが云々』と話している友達に『小林(邦明)だろ』と訂正したら『小橋健太だよ!』と逆に教えられる。それが全日本プロレスを知ったキッカケだった。団体っていう概念がわからなかったからプロレス雑誌とか読んで学んでいった。大きな歴史の源流を辿っていく作業は面白かった。

 そのうちに所謂メジャー団体以外にもたくさんの団体があることを知っていく。当然すべてがTV放送しているわけでないし今みたいにネットの動画サイトなんて充実してないから雑誌ぐらいしかない。裏表紙にプロレスビデオの通販カタログが載ってた。1本1万いくらする高いヤツで子供の自分には、まず手が届かない。それ見ながら試合の内容を勝手に想像したりいつか買える日を想像しながらワクワクしたり都合よく解釈して幻想が高まったり。少年がプロレスファンになったばかりのころの懐かしい思い出。

お祭りの事

 わけあって地元の祭りにかかわっている。といっても山車の周りを一緒に歩いて警備するだけだけど。

 で、これが本当にめんどくさい。休みの日が一日つぶれてしまうので正直避けたい。子供のころから人ごみがあまり好きではなかったので行ったことは数少なかった。思い入れもさして無い。運悪いことに昨日は雨で濡れながらの業務。勘弁してよと思う。

 山車と一緒に自分の町内を歩いていると、いろいろ発見がある。意外に知らないとこあるんだなぁとか。新しい家が結構増えてて小さな子供もいるんだとか。今は離れた場所に住んでいる地元町内が変化していることに気付く。 

 ふと見ると山車を見学している赤ちゃんを抱いたお母さんの周りに町内の人が集まっていて声をかけている。太鼓の音につられて家から出てきた人たちが挨拶を交わし立ち話をしている。お祭りってコミュニケーションの潤滑油として、人との繋がりを助ける役目もあるのかなと思った。なかなか日常生活で隣近所の人と顔合わせる機会ないもんな。

 ちょっと感化されて子供のころお世話になった地元のおじさんおばさんに挨拶してみる。完全に自分だと気付いていない。どこかの警備員さん、ご苦労様って反応。そりゃそうだ外見すっかりおじさんになったもんな。面影あまりないもの…時の流れを改めて実感しながら赤棒を一生懸命に振った。

西武第二球場へ行った事

 先日、西武プリンスドームで野球観戦をした。で、また観たいなと思い西武第二球場でイースタンリーグの試合を見に行った。

 意外と見に来てる人が多かった。平日の昼間から何してんだろ。自分もだけど。。。

 まずは選手と近いことに驚く。改めてプロの選手の投げる球って早いんだなぁとか。

 そこまで野球に詳しくないので行く前に選手名鑑買って名前や諸々のデータを確認し妻と、ああでもないこうでもないと言いながら見るのが楽しかった。

 名鑑に書いてある選手の経歴を見ると一流選手ばかりだ。なのに様々な理由で今試合をしている舞台は二軍。プロの世界は厳しい。暴投ばかりで1イニングももたずに変えられた投手、ウォームアップ中に腰を痛めて動けなくなった投手。現実は残酷だなと思った。全然スケールは違うが自分の人生と勝手に照らし合わせて胸がつまった。隣の親父が、俺たちの草野球チームの方が上手い!とか息巻いている。絶対に、そんなはずはない!ナメた口を軽々しく利かないでほしい。

 今日、出場した選手の努力がいつか報われますように。また観戦に行きます。

 

寺山修司のこと

twitterで5月4日が寺山修司の命日だと知った。

大槻ケンヂに傾倒していた20歳前後にエッセイに書いてあって存在を知った。オーケンが影響受けているのだから間違いないだろうと思い手にした。で、のめり込んだ。

大学の時は、よく八王子の古本屋へ行き文庫本を買いあさった。大型書店へも行っていたけど八王子の高尾霊園に寺山の墓があってか書店の本も充実していた印象だった。いろいろ読んだけど自分の中に何が残ったか。しいて言えばモノの見方か。

映画『書を捨てよ街へ出よう』を映画館のスクリーンで観たときは感動した。大半が何言いたいのか分からなかったけど。

今、間近に控えている結婚式の最後の謝辞の練習を家でしてるんだけど、気づいたら『書を捨てよ街へ出よう』の主人公の最後の独白みたいになってしまう。

はたして上手くできるだろうか。

二人ですごすという事

 妻は嫌なことを引きずらないタイプです。(ホントは心も奥底で、もの凄く傷ついているのかもしれません。そしたらゴメン。)その部分で私自身、非常に助けられていて感謝してます。

 時々、気持ちの齟齬があるときがあるけど、そんなことの繰り返しで、やがて安定が迎えられるなんてことを思っています。

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。

毎年、もっとブログを書かないとと思いながらも、あまり書かずに年が変わってしまう。

とにかく健康で、また一年頑張ろうと思います。